宇野良治







3歳年上のお姉ちゃんは、50歳前に死にました。


悲しい事に、私の専門としていた大腸ガンで死んだのです。


癌の部位は横行結腸でした。


癌で狭くなって、腸閉塞になっていたので、


ステントを入れて広げて、腸閉塞を解除して、


食べられるようにしようとしましたが、


ステントが入らず、姉は、悲鳴を上げました。


そのため、鎮痛剤と鎮静剤を最大限に使いました。


でも、ステントが入らず、悲鳴を上げました。


悲鳴の間に、


姉は、


「ヨンボ、頑張れ!」



と、何度も言うのです。


「ヨンボ」とは、私が3歳の時に姉がつけた呼び名です。



私の眼は涙で見えなくなりながら、


姉の呼吸が停止するほどの薬を使いましたが、


悲鳴の中、ステントは入りませんでした。



これまでの私の人生での辛いことランキングの


1位でした。


大腸内視鏡の本まで書いていて、


姉を助けることができなかったのです。


 
その後、手術をして腸閉塞は解除しましたが、


半年で全身転移で脊髄転移で半身不随となり、車いすのまま死にました。



父が死んで、姉が死んで、母が死んで、


重き荷は軽くなったのですが、



幼い子供がいます。


何度も沖縄に行って、



試験を受け、私も保護者面接受けましたが、



今日、やっと、転入する学校が決まりました。



「よかったね」



「パパ、長生きしてね」


と、先ほど言われました。



そして、その後、姉の声がしました。



「ヨンボ、頑張れ!」



幸い、私の見かけは、非常に若いです。









そういえば、


この宇野コラムも今月で、10年になります。




「ヨンボ、頑張れ!」