宇野良治。医師、医学博士
Office Uno Column

れっきとした開業医の医師がネットの自身のHPで「ガス型 過敏性腸症候群」と記し、原因をストレス、悪玉菌、自律神経異常などとしているものが複数あります。全くのシロウトでもなく、クリニックを開業している大先生達なので、わかりやすくしようと、それなりの意味があって、そのような表現にしていると思いますが、過敏性腸症候群にガス型というのはありません。現在、日本の専門家は国際的な診断基準であるRome基準をもとに過敏性腸症候群と診断しており、その診断基準には「ガス型」はありません。
ただ、調査すると、1990年に心身症の雑誌で、「ガス型」と使われたことが確かにあります。(心身医学1 1990;30:41-47)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/30/1/30_KJ00002380899/_pdf/-char/ja
熊本の高野病院でのデータで、思春期の過敏性腸症候群を便秘型、下痢型、交替型、ガス型に分類したところガス型が59%と最も多かったという研究です。どうも、この論文だけにガス型があり、メイド・イン・熊本です。
なぜ、ガス型を思いついたかですが、こう書いています。
「(これまでの分類では)われわれがガス型に分類しようとする症例は行き先がなくなってしまう。そのまま分類すれば大部分が不安定型や便秘型に入るであろう。しかしながら、そうしてしまうと思春期IBSの臨床実態とはかけ離れた分類なってしまう恐れがある。患者たちの切羽詰まった深刻な苦しみが浮かび上がってこないのである。明らかにガス型患者は放庇,腹満,腹鳴,腹痛などのガス症状に悩んでいるのであり、このため大切な学校生活に重大な支障を感
じて いるのである。少なくとも思春期においては,下痢型,便秘型,交替型にガス 型を加えたあくまで腸管機能の異常全般に基づく臨床分類が妥当と思われる。 便通異常だけによる分類では物足りない
。」
つまり、「物足りないから、思秋期に限って、ガス型を付け加えた」という事です。この物足りなさのために、日本だけ、「ガス型」があり、混乱を未だに来しているということです。(なお、この著者らが、思春期に特にガスが多い理由を「学校給食の高フォド」だと気がついていれば、多くの子供たちを救えたかもしれません。)
しかし、もっとも、驚いたことは、厚生労働省のネットで以下のように記述されていることです。
過敏性腸症候群とは、通常の検査では腸に炎症・潰瘍・内分泌異常などが認められないにも関わらず、慢性的に腹部の膨張感や腹痛を訴えたり、下痢や便秘などの便通の異常を感じる症候群です。腸の内臓神経が何らかの原因で過敏になっていることにより、引き起こされると考えられています。
そのあらわれ方によって「慢性下痢型」「不安定型」「分泌型」の3つに大きく分けられます。慢性下痢型は、ちょっとした緊張や不安があると便意を催し、激しい下痢の症状があらわれます。別名「神経性下痢」と呼ばれます。
(以上コピペ)
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私は、この文章の黄色マーカー部分を読んで驚いただけでなく悲しくなりました。確かにこのような分類は過敏性腸症候群の歴史を調べた時に見たことがあります。でも、いつの時代の話でしょうか?神経性下痢などの分類は私の調査では1950年代の海外の論文を引用した昭和30年代の日本の医学雑誌に掲載された分類です。多分、100歳くらいの医者でなければ、この分類を知っている人はいないでしょう。厚生労働省がこのレベルですから、日本の過敏性腸症候群の人々が偽情報で混乱し、医師も好き勝手にいろいろなことを言えるのかもしれません。
さて、気を取り直して、「ガス型」に話を戻しましょう。
たしかに、最近、特に大先生方の言う「ガス型」という感じの患者が多いのは事実です。イスラエルの研究者によれば腹部膨満感 (Bloating)と腹部膨隆(Distention)は成人の一般人口の30%にみられ、腹部膨満感のある患者の約半数だけが腹部膨隆があります。さらに、腹部膨満感は 過敏性腸症候群でより一般的であり、腹部膨隆は慢性便秘患者でより一般的とされています。(Adv Ther. 2019; 36(5): 1075–1084.)
以上から腹部膨満感や腹部膨隆がガスの影響だとすれば、過敏性腸症候群の便秘型か慢性便秘ということになるでしょう。
つまり、過敏性腸症候群でガスが問題になるのは便秘型ですが、日本では、便秘型の過敏性腸症候群の人の多くは発酵性食品(高フォド)、野菜や食物繊維をたくさん食べて排便回数を増やそうとしているために、かろうじて排便がある人が多く、「便は出ていますが?」と聞くと、「毎日出ています」と言います。しかし、発酵によってお腹がガスだらけになってしまい、
「お通じは毎日か1日おきにあるけれど、ガスが多くお腹が張って苦しい」
という状況になっているのだと思います。しかし、そのようなことをRome基準では加味していないので、開業医の大先生方は、わかりやすく「ガス型」と表現しているのかもしれません。
過敏性腸症候群は下痢や便秘などの便通異常を伴うことが前提となっていますが、便秘型であっても野菜を多く摂取していれば、大腸が便で詰まっていてもトコロテン式に4日前に食べた便が昨日出て、3日以上前に食べたものが今日肛門から出てくるようであればslow transit constipation(通過遅延型便秘)ですが、 診断基準からすれば過敏性腸症候群の便秘型に分類されません。
世界的にRome基準は2016年からRome IV基準が使われていますが、日本を含め、アジアではRome IIIの基準を使ったほうがいいとアジアのコンセンサス会議で結論されています。その過敏性腸症候群のRome IIIの診断基準は以下です。
つまり、
下痢も便秘も主ではない人に過敏性腸症候群と診断名をつけるのであれば、「分類不能型」にするべきでしょう。
あるいは、慢性便秘とすれば、以下の診断基準になります。
その前に、以下をクリアする必要があります。
しかし、
過敏性腸症候群のように癌でも炎症でもなく、
消化管の機能の異常による腹部膨満だけがメインの機能性腹部膨満という病気があります。
その診断基準も世界共通のRome基準では以下です。
過敏性腸症候群の分類不能型にせよ、慢性便秘や機能性腹部膨満にせよ、いずれであっても腸内のガスが増加している原因は、有機的な原因と機能異常です。
有機的な原因は発酵性の糖質や食物繊維が細菌によって発酵するために生じます。そのような発酵を抑制する食事療法と発酵する菌を除菌する方法が治療になります。過敏性腸症候群や万英便秘など、大腸での過発酵が原因であれば低フォドマップ食(低FODMAP食+低線維食)が有効であり、小腸の発酵には抗生剤が有効かもしれません。
また、膨満感という不快感は痛み(内臓過敏省)のセンサーであるTRPV1の影響が関与しており、TRPV1を活性化する食品の摂取も控える必要があります。
また、それ以外に異常な横隔膜反射による腹部膨満の存在もスペインから報告されています。
スペイン・バルセロナの研究グループは、腹部膨満の症状のある患者に対し、腹部膨満の症状の前後にお腹のCTを撮影し、比較しました。
そして、2種類のタイプがあることに気がつきました。
それは、横隔膜が収縮するか、緩むかの違いでした。
1)
横隔膜が収縮して下がるタイプ:わずかなガスでも症状を来す。
2) 横隔膜が弛緩して上がるタイプ:大量のガスで症状を来す。
Gastroenterology. 2009 May;136(5):1544-51. doi: 10.1053/j.gastro.2009.01.067. Epub 2009 Feb 
通常の生理学的反応は2)であり、過敏性腸症候群や慢性便秘でガスが増えて腸が拡張してゆくのは、横隔膜の弛緩によって腸全体のスペースが広がるためかもしれません。そして、この生理的反応のために、腸が異常に拡張しても、なかなか気がつかず、いよいよ排便が困難になるまで放置されているのかもしれません。
日本女性の場合には、その後、刺激性下剤で出そうとして、いよいよ最悪の状態に向かってゆきます。
1)のタイプの場合は、横隔膜が緩まないので、わずかなガス量でも起こるということであすが、実際に2018年の韓国の研究では、機能性腹部膨満の群とコントロール群と総ガス量に有意差はありませんでした。
Korean J Gastroenterol. 2018 Jun
25;71(6):324-331.
https://www.kjg.or.kr/journal/view.html?doi=10.4166/kjg.2018.71.6.324
ただし、横行結腸のガス量は機能性腹部膨満で多かったようです。横行結腸に
ガスが増加する疾患と言えば、左の横隔膜の下の結腸の脾湾曲部にガスが溜まって左上腹部から左胸部が痛くなる「脾湾曲症候群」があります。1956年という古い研究ですが、脾湾曲部の結腸をバルーンで膨らませて痛みを生じる量を調べた研究では、165~665mlと大きな幅がありました。
Ann Intern Med. 1952 Sep;37(3):543-52.
また、ガス型の過敏性腸症候群と最初に報告した熊本の病院の論文では、腹部単純写真である程度のガスが貯留していたのは5分の1のケースであったとされており、これらも横隔膜の異常収縮による内圧上昇による痛みの可能性があります。つまり、ガスが少なくても痛いのは、心身症じゃないのです。
しかし、なぜ、横隔膜が収縮するのかについては詳細は不明であるが、同様に横隔膜が収縮する状態に「しゃっくり」があり、しゃっくりに対する治療の可能性も示唆されます。
また、新書の35‐36頁に書いたように、TRPV1の影響で内臓過敏症が増強している可能性もあります。
<まとめ>
1.過敏性腸症候群の現在の診断基準にはガス型はない。
2.過敏性腸症候群のガス型は1990年の心身症の論文で使用されたが、
実際にガスの量が多かった人は20%だった。
3.ガスが多く腹部膨満を生じる疾患には過敏性腸症候群だけではなく、
機能性便秘(慢性便秘)、機能性腹部膨満がある。
4.機能性腹部膨満の場合、その機序によりガスが少なくとも腹痛を来すことがあり、
心身症と誤診すべきではない。
5. 治療はガスの部位、ガスの量、横隔膜の状態、腹痛の程度を評価して、
個々に適した治療を選択する。
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宇野は健診施設でバイトしていますが、病院勤務していません。
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