宇野
もう、そそろ、本格的に死を覚悟して、
断捨離を始まました。
過去に書いた文書を残す作業を、じょじょに行います。
平成燈籠(とうろう):宇野良治(原作:太宰治)
(注)この短編小説は昭和12年10月に太宰治が発表した「燈籠」をベースに年代を平成に設定して創作したものである.一部,原作の文章をそのまま使用しているが,太宰の死後50年以上経過しているので著作権の問題はない.なお,この小説は完全にフィクションである.
平成燈籠(とうろう)①
言えば言うほど,誰も私を信じてくれません.会う人,会う人,みんな私を警戒します.ただ,さみしくて,ケータイでメールを送っても,返信が返ってきたためしがありません.どんなことがあっても親友だよって言っていた真奈美にメールを送ったら,「たぶん,なんかマキにはマキの理由があると思うけど・・・・でも,かかわりたくないから,これっきり,メールしないでね.ゴメン」と,昨日,メールの返事が来ました.すぐに電話をしましたが,着信拒否になっていました.
もう,どこへも行きたくなくなりました.街にはクリスマスソングが多重奏のように流れ,あちらこちらからきらめくライトのなかを沢山のカップルの影が通り過ぎる今の季節のなか,カーテンを閉めっぱなしのアパートの部屋で,私は朝から小さなベッドに座り込んで,音を消したテレビの明かりでお菓子を見つけて,その中をあさるような生活をしていました.いよいよ,お菓子もなくなってコンビニに行く時は,人の少ない深夜に髪をたばねて帽子をかぶり,サングラスにマスクをしけなければなりません.その姿は,まるでコンビニ強盗のようですから,ほとんどのコンビニの店員は私をみると奥にひっこんで,掃除用のモップを後ろ手に隠し持ったり,なかには強盗に投げつけるカラーボールを握り締めた店員もいました.確かに,私は女性としてはガタイの大きなほうですし,黒いジャージに黒のパーカーの姿は男と思うかもしれません.でも,まだ,26歳の独身の看護師です.あまりにも,ひどい仕打ちです.
・・・・
わたし,盗みをしました.
万引きです.それは事実です.いいことをしたとは思いません.けれど,いいえ,はじめから言います.もし,神がいるなら,神に誓います.決して,私はいやしい気持ちから万引きしたのではありません.お金に困っていたわけでもありません.万引きの癖があったのでもありません.初めてでした.本当に,今回が,生まれて初めて,このようなことをしてしまったのです.
平成燈籠(とうろう)②
私は,教師の父と母の一人娘です.小さい頃から,学校の先生はきっと自分の両親のことを知っている筈だから,親に恥をかかせないように,学校に行けば礼儀正しく,大きな声で元気に挨拶をして,きちんと背筋をのばしてすごしてきました.幼い私の面倒は主に祖母がみてくれて,父と母は競争するかのように仕事に熱心で,いつも遅くまで学校にいて,生徒のために疲れはてて帰ってくるのを見ていましたから,学校の先生をみると自分の親を案じる気持ちが重なってしまい,先生が自分を見ると,「自分だけは先生の見方だよ」というような気持ちをこめてニッコリとするように心がけてきました.そのため,親が同僚の先生から「先生とこの麻紀ちゃんは,とってもいい子だね.麻紀ちゃんの笑顔をみると,教師をしていてよかったと思うと言われた」と言われたと,ニコニコ笑ってくれるのがなにより幸せでした.そのように育った私は人から褒められるというのが一番楽しく,そして,人にもっと喜んでもらいたいと思うようになりました.そして,自分がなにか一生懸命にすることで,喜んでもらえる仕事として,看護師を選びました.父も母も本当は教師になってもらいたかったのは知っていました.けれど,自分の笑顔には人を幸せにする何か不思議な魅力があるに違いないと信じるようになっていました.そして,それを最大限に生かせるのは元気な子供たちの集団ではなく,病んでいる人を相手にする仕事ではないかと思ったのです.
看護師になって,それが間違いではなかったと実感しました.自分が受け持つ患者さんはみんな,「杉野さんの笑顔は天使のようだね」と言ってくれました.新人でまだ仕事が満足に出来なく,ちょっとした失敗をした時も,「看護婦さんの笑顔に免じて許してあげる」と患者さんやご家族からよく言われました.2年目の夏には「看護師の杉野さん,あなたの笑顔に救われました」と患者さんから投書を頂き,看護師長に褒められたこともあります.でも,看護師をして3年たった頃から,段々と自分の笑顔に自身がなくなってきました.
平成燈籠(とうろう)③
看護師をして3年が過ぎた春でした.
ある日,担当の患者さんのいる病室に入ろうとした時に,患者さんたちの話し声が聞こえてきました.
「あの杉野さん,いつもニコニコしてるよね」
「ああ,でも,なんかパッとしないよね」
「そういえば,そうだね」
「笑顔も,うそっぽい・・・」
「わざとらしい感じ・・・」
「かえって,つかれる・・・・」
ドキッとしました.一瞬,全身の血が凍ったように感じました.でも,すぐに,いいえ,自分のことではないんだと言い聞かせて病室に入り,いつものように笑顔で,
「検温です」と,元気よく笑顔で病室に入りました.
ほんの一瞬,病室はしずかな空気が流れましたが,
「おっ,来たね」
「麻紀ちゃんの笑顔はいいねー」
患者さんは,いつものように接してくれました.
そうよ,私は患者さんから「杉野」ではなく「麻紀ちゃん」と呼ばれているんだ.さっきの話は自分のことではない,きっと,私の聞き間違い,他の看護師のことなんだと思うようにしました.
でも,ある日,先輩から,「麻紀ちゃん.最近,おかしいよ.元気ないね」と言われ,はっとしました.うそっぽい,わざと,つかれるという言葉は自分の心の隅に引っかかったままでいたのでしょうか.知らずに,自分の笑顔に自信がなくなってきたように実感してきました.そして,自分のことではないと思いながら,確か同じような思いを過去にしたことを,時々,白昼夢のように思い出すことが多くなりました.
小学校の時に,同級生から,「先生だけにいい顔してる」と言われたこと,
中学の時に,「いいこぶって」と女友達から言われたこと,
高校の時に,「美人じゃない八方美人」と机に書かれたこと,
その時の重い気持ちが波のように繰り返して,その度ごとに胸の奥が苦しくなるのを感じるようになりました.
その頃です.私は自分よりも1歳年下の中村先生と付き合い始めていました.
平成燈籠(とうろう)④
中村先生は病院の研修医で私の勤務している病院に初期研修医できた医師です.研修の一番最初が私の勤務している内科病棟でした.病院に来たばかりで右も左もわからない研修医にとって,看護師は鬼のようにも,仏のようにもみえるといいます.真面目だけれどとっても要領の悪い中村先生にとっては全看護師が鬼のように思えたと,後になって聞いたことがあります.そのなかで,いつも笑顔でいる私を好きになってしまったと告白されたのが,内科の研修が終わって歓送迎会のあった夜でした.一次会で帰ろうとした私を追っかけてきて,ちょとでいいから話したいと言ってきました.私の心の中は例の患者さん達の話のためにすきま風が行き場もなく舞っているような状態でしたし,いえ,汗までかいて私を追っかけてきた中村先生の一途な気持ちを素直に感じて,普段ならお断りするところでしたが,「いいですよ」と即答しました.
二人で,お酒も飲める喫茶店に入りましたが,二人ともアイスコーヒーを注文して,それが来るまで二人とも沈黙していました.そして,意を決したように中村先生が低いけどしっかりした声で言いました.
「僕は麻紀さんの笑顔が大好きだ.その笑顔に救われた.僕のような不器用な人間は研修が辛いんです.それを続けれたのは麻紀さんのおかげです.これからも,麻紀さんの笑顔が必要です.僕とつきあってください」
笑顔?その言葉を聞いて,私こそ,救われた思いをしました.それまでの悩みが一瞬で吹き飛び,中村先生の顔がとてもきれいに見えました.誰がなんと言おうが,自分の笑顔は実際にこの人を幸せにしている.他の誰を幸せにするよりも,自分を必要としているこの人さえ幸せに出来ればきっと自分は救われる.この人は自分の良さを認めている.この人がいればきっと自信を持って生きてゆける.中村先生の申し出を断る理由は思い浮かびませんでした.
「先生より年上だけど,いいの?」
「ほとんど,同じじゃないですか」
「たぶん,いいです」
その時の私は,きっと,それまでで最高の笑顔だったと思います.
その日から,中村先生と付き合いはじめました.
平成燈籠(とうろう)⑤
お付き合いするといっても,真面目に夜中まで働いている初期研修医の中村先生と看護師の私と共有できる時間はほとんどなく,毎日,メールをやりとりしたり,週に1回食事に行くくらいでしたが,私にとって中村先生はかけがえのない人になってゆきました.
「麻紀ちゃんの笑顔は最高だよ.どんなこともがんばれる」
中村先生は,いつもそういってくれました.
その言葉に,私自身も励まされ,以前もより明るく働けるようになりました.
夏には1泊の旅行をしました.それは,初めて,二人が深い関係になる唯一の機会でした.二人でひとつの部屋で泊まりましたが,中村先生はお酒を飲みすぎてしまい,私の手を握ったまま寝てしまいました.どうして・・・・私は女性として魅力ないのかと,その寝顔をしみじみ見ていましたが,やがて,中村先生の母親が小さい頃に亡くなったことを思い出したとたん,自分の気持ちは心の奥のほうから母性のような気持ちに激しく変わっていき,なにかとてもいとおしい気持ちになり,「私がこの人を守っていかねばならない」と強く感じ,彼の顔を自分の胸に引きよせて抱きかかえるように眠りました.
中村先生が研修でローテートする各科には,自分の同期の看護師がかならずいたので,
「私の彼を守ってね」とその都度お願いしました.そのかいもあって,中村先生の研修は順調に進んでいきました.
そんな中村先生が急にしおれた顔をしていたのが11月末でした.
「忘年会で余興しなきゃいけないんだ」
真面目で不器用な中村先生にとっては,余興は一大事で,非常にストレスを感じていたようでした.
「どうしよう」
世の中の男性には,人前で女装して踊ったりすることが平気でできる人種もいます.その一方,人前でふざけることのできない人種もあるのです.中村先生は典型的な後者で,要領よく余興などこなせることは出来ないのは明白でした.
病院の忘年会は,私も新人の時,一度だけ,出たことがありました.新人だった私は同期の看護師が用意したスカート丈の短いセーラー服を着せられて舞台に上がって後ろでニコニコ笑っているだけですみましたが,初期研修医の出し物は,えげつないというか,下品でハレンチなものばかりで,あんなの見せられるのも立派なセクハラよねと同期の看護師が言うのも無理はないものばかりでした.それ以来,忘年会の日は自分から夜勤を申し出て,行ってはいませんでした.でも,うちひしがれている中村先生をみて,私は意を決しました.
「わかったわ.私にまかせて」
平成燈籠(とうろう)⑥
私の思いついたアイデアは,志村ケンのバレリーナ姿でした.恥ずかしい話ですが,私自身それくらいしか思い浮かびませんでした.どんな格好をしても,きちんと踊れば恥ずかしくないはずだ.踊りは,目覚ましテレビの朝の体操に決めました.翌日には,そのDVDを購入し,中村先生に教えるため,毎朝1時間早く起きて自分で練習しました.
問題は,白鳥ともアヒルともいえない鳥の首のついた志村ケンの衣装でした.
「私にまかせて」と言った以上,それも用意しなければなりません.自分でつくろうと考えました.白く長い靴下に綿をつめて,大きめのガードルに縫いつけてみましたが,鳥の首が重くなってしまい,首がおじぎをしてしまいます.これじゃ,かえって恥をかかせてしまうわ.休日の午前中にパーティーショップにそれを買いに行くことを決めました.
季節は12月初旬.ショップには忘年会,クリスマス用のグッズがたくさんありました.そのなかに,確かに私の思っていたアヒルの首のついたパンツがありました.私はそれを握り締め,,勇気を振り絞り会計に持って行きましたが,何分待っても,会計の人は来ませんでした.その間,アヒルのパンツを一人で握りしめている私を何組かのカップルが見て,みんな通りすぎてから,おもむろに笑いました.それは,これまで味わったことのない屈辱でした.私は,急いでそれを元に戻しました.その時です.「どうしよう」という彼の困った顔が浮かんできました.とっさに,私は今おいたところからひとつの袋を鷲づかみにして,肩にかけた大きなバックにさっと入れました.そして,静かに店を出ました.
店を出て,5歩くらい歩いた時でした.後ろから「お客様」と大きな声が聞こえました.とっさに走ろうとしましたが,足が動かずよろめいていたところを,店員に後ろから腕をつかまれました.すぐに私の周りには人だかりができました.私はただ呆然として,店員の質問にもなにも答えることが出来ずにいました.すこしして,おまわりさんがきて近くの交番につれて行かれました.
交番の奥の部屋には4つの椅子と2つの机があり,はじっこの椅子に座らされました.私は質問された姓名と住所を答えました.そのおまわりさんは40歳くらいでしょうか,ずんぐり太っていて脂ぎった感じで,そして,いやらしい顔で私をみて,ニヤニヤしながら,
――――それで,今度で何度目なのかな?
と言いました.私はぞっと,寒気を覚えました.私には全く予想していない言葉でした.びっくりして返答が思い浮かばなかったのです.でも,ぐずぐずしていたら,常習犯で刑務所に入れられる.瞬時にテレビ番組で見た女子刑務所のシーンを思い出しました.朝から,作業服を着て,号令とともに動いて,号令とともに箸を握って・・・・嫌だ.何とかして言い訳しなければ,でも,何と言えばいいのか,あせって出た言葉の一言を言い出したら,まるで何かが取り付いたようにべらべらとしゃべっていました.
平成燈籠(とうろう)⑦
―――――私を刑務所に入れないでください.私はいい子です.私はもう26歳になります.26年間,親のために一生懸命生きてきました.私の何が悪いのです.私は,小学校も中学校も,それからも,ずっと,ずっと,いい子で頑張ってきました.具合が悪い時も,がんばって学校に行きました.嫌いな先生にもニコニコしてきました.みんな親に恥をかかせたくなかったからです.親の友人もみんな,私をほめてくれました.いいこぶってとか,言われても頑張ってきたんだ.親が心配すると思って,これまで男の人とは付き合ってこなかったし.何人にも誘われても,親が心配すると思って,我慢してたんだ.それのどこが悪いんだ.ずっと我慢したんだ.そんな私が,アヒルひとつで,ただ,それだけで,なぜ刑務所に入るんですか?中村先生は真面目な人です.いい人です.今は,まだ,だめです.でも,将来,立派なお医者さんになる人です.それは,私だけが知っています.私は中村先生に恥ずかしい思いをさせたくなかったんです.どうして,あの真面目な中村先生がアヒルのパンツを買いにいけますか?忘年会がおかしいだ,なんであんなへんな出し物をするの?セクハラです.中村先生も私も忘年会の被害者です.忘年会なんてなくなってしまえばいいんだ.でも,私はアヒルのパンツを堂々とはいて欲しかったんだ.立派に,芸をやって,みんなにほめられて,中村,お前を見直したって言われて.そうすれば,仕事にも自信がもてると思ったんだ.今はだめでも,あの先生を私が立派にしてみせる.そのためのアヒルなんだ.おかあさんがいなの.だから,私がおかあさんなの.だから,私が守らなきゃいけない.私はそれでいいんだ.ずっと,人のために生きてきたんだ.あの人には私がいなきゃだめなんだ.そう.だから,私は刑務所に入っているヒマはないの.26年間,私はずっと,真面目にしてきました.教師の娘だから.そうしなきゃだめだった.それが,ほんの一瞬,26年間真面目にして,笑いたくもないに笑って,そうして人のために生きてきたのに,たった数秒,アヒルのことで,なんで私が悪いんですか.99.99999%いいことして,0.000001%悪かったら,全部悪いんですか?お金はあります.貯金だってきちんと貯めてるんだ.たったの2千円でしょ.それで,刑務所はおかしいよ.はははは.あっちこっちで,何人も殺したり,何億円も盗んでも,つかまんないで普通の顔して生きている人は沢山いるんだ.アヒルひとつで,ああ,ばかばかしい.なんだよ,いったい.ちくしょう.アヒルのばか――――――
私は一気に話しました.
私は,きっと狂っていたのでしょう.きっとそうです.おまわりさんは青い顔をして,じっと私を見つめていました.私はふと,そのおまわりさんが気の毒に思いました.そして,おまわりさんに泣きながらめいっぱいの笑顔をしてみせました.その笑顔をみて,きっと,おまわりさんは私が精神病だと思ったに違いありません.
「ちょっとまっててね」と言い残してその部屋を出ました.1時間以上たったころ,別のおまわりさんが父を連れてやってきました.
平成燈籠(とうろう)⑧
私は父に,「彼のために必要だった」と精一杯の言い訳をしました.
「そうか」一言,父が私に言って,私が盗んだものを見せました.
それをみて私は愕然としました.
私が手に取ってバックに入れたのはアヒルのパンツではなく,「SM嬢セット」と書かれた袋でした.ピカピカしたアイマスクに,鞭と手錠と非常にいやらしいコスチュームのセットでした.私の顔は首まで真っ赤になりました.私は極度の緊張のあまり,アヒルのパンツではなく,その隣にあった変なコスチュームを手にとってしまったのでした.そのせいで,「アヒルのパンツ」と何度も言った私の頭がおかしいとおまわりさんが思ったのでしょう.それがわかって,おかしくて,泣きながら笑いました.
「すみませんでした」と,父が頭をさげて,私は無言のまま交番を出ました.
私と父は父の運転で実家に行きました.その間,一言だけ父が言いました.
「インターネットで買えばよかったね」
その一言は,実際に欲しかったものは違っていても,私が何故,盗んだかのおおよその理由を父は理解してくれて,そしてどうするべきだったかを教える父らしい言葉だったので,少し,ほっとして,にっこりわらってしまいました.実家の母も私をしからずに,一言,「寒かったでしょう.お風呂に入りなさい」と言いまいした.私は湯船の中に顔を沈めて,声を出さずに泣きました.そのせいで,いくぶん,すっきりして,髪をバスタオルで拭きながら,ふと,夕刊を開けました.夕刊をみて,脳貧血というのでしょうか,目の前が真っ暗になって,気が遠くなる思いをしました.私のことが新聞に出ていたのです.「SM趣味の看護師が万引き」それ以上記事を読むことは出来ませんでした.そして,警察から病院に連絡がいったのでしょうか,看護師長から1週間休むように電話が来ました.
翌日の朝には中村先生からメールが来ました.
――――――ぼくは,マキちゃんを大切にしてきた.でも,ほかに誰かとつきあっていて,深い関係だったんだね.マキちゃんはSですか?Mですか?くやしいとうより悲しい気持ちです.でも,ぼくはマキちゃんをうらまない.これまで本当にありがとう.その人のこと大切に.さようなら――――
絵文字のない彼からのメールをみて,私は悲しくも淋しくもなく,みょうに納得しました.誤解をしている彼に説明して,理解してもらおうと何故か思いませんでした.盗みをしたことは事実です.それだけでも嫌われてもしょうがないし,彼を守ることもできない立場になってしまったのも事実でした.それに,これまでの私の気持ちがたったひとつのメールで終わり?むなしいというか,怒りに似た気持ちすら感じました.
1週間もしないうちに,病院の人事課に呼び出されました.病棟でこれまで度々盗難があって,それも杉野さんじゃないかって噂になっていること,週刊誌に病院名と顔写真まで面白おかしく掲載されてしまったことから,病院としては辞めてもらいたいと言われました.
平成燈籠(とうろう)最終回
辞表を郵送した後は,もう,動く気力もなく,誰とも話もしたくもありませんでした.しばらく,自分のアパートで,夜中に人目を避けてコンビニに行く生活を漫然と繰り返していました.
その間,年末,年始のテレビ番組がとてもつまらないものであることがわかりました.
正月が過ぎた頃,「実家に戻って来い」という父の言葉に従って,アパートを引き払い,実家に引っ越しました.
実家の私の部屋は,おばあちゃんの部屋の隣です.
小さい頃,母のかわりに自分を育ててくれたおばあちゃんは,数年前に脳梗塞で倒れ,その後,寝たり起きたりの生活をしていましたが,最近は寝ていることが多くなりました.
そして,とうとう,自分では起き上がれなくなった日に私は決心しました.
「おばあちゃん.これからは麻紀が,ずっと面倒みるからね」
考えてみれば,私は小さい頃から,本当に,おばあちゃんのお世話になったのです.ご飯もおばあちゃんにつくってもらっていたし,熱を出した時は,ずっとそばにいてくれました.学校から帰るのが遅くなると,玄関でずっと待っていたおばあちゃん.本当は,誰の世話でもない,誰の看護でもない,誰の介護でもない,おばあちゃんの世話をすべきなのです.
「おかあさん.麻紀が看護師でよかったね」
と母が言いました.
「そうよ,麻紀は看護師だからね」
私は,なぜか,うれしくて,悲しくて,笑いながら泣いていました.
「麻紀ちゃんの笑顔,いいね」
おばあちゃんは,にこにこ笑ってくれました.
ふと,窓に映った自分の笑顔を見ました.
これまでの自分の笑顔のなかで,一番素敵な,一番きれいな笑顔であることに気がつきました.
「きっと,大丈夫だよ.麻紀ちゃん」
窓に映る自分がそう言って笑っていました.
(了)
<あとがき>
麻紀ちゃんは私であり,あなたでもあります.誰の心にも麻紀ちゃんはいます.