多くの医学論文の研究結果は、単に過去の仮説の検証、あるいは、単に事実と事実の組み合わせの研究である。そのため、大きな新しい事実の発見の研究が100とすれば、現在の多くの研究は0.0001くらいの影響しか人類の進歩に与えることが出来ない。

そのような論文が10000あっても、科学的進歩に与える影響は非常に少ない。

しかし、現在の医学雑誌では、この0.0001くらいの研究しかアクセプトされないというシステムになっている。論文を審査する査読者自体、0.0001の世界で生きているからである。

科学の進歩の階段は、ほとんど足踏みなのは、この0.0001のためであり、階段を1段も上がれない。3段くらい上がった時には、天才と扱われ、ノーベル賞かもしれない。しかし、その階段ではなく、他の経路から目的地に到達した場合、階段を苦労して登っている人は、立場上、狂人と判断するしかない。

 

そのようなことを考えさせる面白い動画がある。

 

E=mc2 ~アインシュタインと世界一美しい方程式

https://www.youtube.com/watch?v=TreK98XYMvQ

 

物理の進歩は、美術の創造の歴史と似ている。

印象派の絵、さらに抽象画は、中世では何の価値もなく、無視、あるいは、嘲笑される。

とすれば、理解されようと思うと、単に惨めなだけである。

であれば、印象派の画家になったつもりで、未来に残す記録と考える方が健全である。それが正しければ、将来、いつか、誰かが、発掘してくれるに違いない。

 

そう考えて、先ほど、論文をNatureに送った。

それは、アクセプトされるためではない。どうせ、すぐにリジェクトされることはわかっている。目的は、論文のタイトルをジャーナルの投稿記録に残すことである。こういうことを考えていた人間がいたという証拠を残すためである。