クリスマスイブの今日、電気代節約のため、ダウンジャケットを2枚来て、
暖房をつけない部屋で、6個ある証明の5個の電球を抜いて、
蝋燭の照明のような薄暗い部屋にいて、
プレバイオティクス2400の論文の全読破の作業を行っています。
客観的に、非常に前向きです。
今年の、夏の思い出の記事を読んで、ああ、そんなこともあったのだと、
なぜか、懐かしく感じています。
5カ月で、こんなに人は変われるものか。。。。
あらためて感じます。


その記事を再アップします。


2015年7月20日の記事
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拝啓。



宇野コラムは、2年間を経たが、その間、私は仕事をやめてしまって、

引きこもりになり、2度引越ししても、引きこもりから脱出せず、

外へ出るのは、公共料金の支払いと雑誌の立ち読みのためのコンビニと、

買い物のためのスーパーと、

あとはハローワークに行くか、散歩くらいで、

ほとんど、録画したテレビ番組を早送りで見て、

ネットで気になることを調べるくらいで、寝てるか、

タバコを吸っているか、お酒をのんでいるかの生活を送って、

喉のリンパ節が腫れ、手の平が赤くなってきたため、

咽頭がんか肝臓がんになるに違いないし、少なくともアルコール中毒になるので、

「今日でやめよう。お酒もタバコも体に悪い」など、

『人間失格』の葉三がタバコ屋のヨシ子に言うような、ふと殊勝な気持ちが胸をかすめ、

止めてはみるものの、

お酒を控えると、眠れなくなり、浅い眠りで悪い夢をみて、「うわー」と言って起きて、

その夢が、現実の過去の酷い経験が混在したストーリー性のない全く不愉快な夢で、

ため息つきながら、とにかく、どんな形であっても生き続けることが大切、

アルコールやタバコやめようなど考えること自体が不健全であって、

つきつめれば、

何かをしようかとか、

何かになろうとか、希望を持つとか、

人に認められたいとか、お金が欲しいとか、長生きしたいとか、

そんなことを思うこと自体が、

精神的に不潔なことであり、

不潔な希望が、

かえって自分を苦しくしてしまうので、

何も考えないこと、何も希望しないこと、何も思わないこと、何もしないことが、

今の自分にとって、生きることにつながるんだと感じ、

そうそう、このコラムも、とにかく投稿数1000以上にしよう、

とにかく、1000を書けば、

何かが見えてくるだろうと思っていたものの、

気が付いたら、投稿数は1011となり、

結局、1000書いても、明日など見えてこないじゃないかと、

腹立たしさと不安感のなか、

電気代節約のために、クーラーをつけていない部屋で、

昼は蝉の鳴き声と夜は蛙の鳴き声を聞き、

ただ、ただ、汗をぬぐい、

又吉が芥川賞を取ったのは、

出版社の編集者が初めから最後までチェックしていたということを知り、

「ヤッパリ」と納得し、

その又吉が度々、太宰治のことを話に出すことに対し、

おいおい、太宰は芥川賞が欲しくて、佐藤春夫に嘆願しても、

川端康成が「才あって徳なし」と太宰を切り捨てて、

受賞できなかったというのに、

編集者に校正されて受賞した又吉が、太宰を語るというのはどういうことかと、

一瞬憤慨するが、どうせ、2作目、3作目は書けないで、このまま終わってしまうので、

「火花」ではなく、「花火」のような人生になるんだろう、

きっと、この小説のタイトルは、不幸の予言だ、など、

ふっと、独りで苦笑している、

そんな、毎日です。


敬具。


(参考)
太宰治が芥川賞の選考委員の佐藤春夫に送った手紙
「佐藤さん一人がたのみでございます。私は恩を知って居ります。私はすぐれたる作品を書きました。これから、もっともっと、すぐれた小説を書くことができます。私はもう十年は生きていたくてなりません。私はよい人間です。しっかりして居ますが、いままで運がわるくて、死ぬ一歩手前まで来てしまいました。芥川賞をもらえば、私は人の情に泣くでしょう。そして、どんな苦しみとも戦って、生きて行けます。元気が出ます。お笑いにならずに、私を助けて下さい。佐藤さんは私をたすけることができます。」