20年を経たNon-lifting signについて思うこと
著:宇野良治
1992年、秋田の山奥の病院で医者をしていたころ、
ポリープの根元に生理食塩水を注入して、ポリープの根元を、マメ注射(皮内反応の注射)のように膨らませてからポリープを切り取るストリップバイオプシー(現在のEMR)という方法 が流行しだした。
私は、その方法をアレンジして色素を混じた生理食塩水を使っていた。色素を注入した方が、注入した注入した液の広がりがわかるという有用性があった。色素を注入する方法は、現在では当たり前に行われているが、その方法を学会の地方会で報告したところ、「そんなことしなくいていい」「透明な液で十分」「色素でかえってわかなくなる」「主観の問題」など、散々に酷評された。
しかし、なんと言われても、自分では有用なので、それを続けた。
ある日、当直をした日、蕁麻疹の患者さんが来た。
その病院は赤字経営で、「どんな主訴でも、高い検査をしましょう」という雰囲気だった。
そのためもあって、
蕁麻疹の男性に、蕁麻疹の治療をした後、「これまで、蕁麻疹がでなかったのに、急に出たというのは、体の不調を知らせる何かの知らせかもしれないので、一度、大腸の検査をしたほうがいいですよ」
と、およそ医者らしくないことを言った。科学的には年齢からみて、大腸ポリープがある可能性が高いという考えはあった。「たぶん、大腸にポリープがあると思います。でも、内視鏡で全部取ってしまいますから。。。」とも、付け足した。
蕁麻疹で受診して、大腸検査をすすめられた男性は、『医者はちゃんと説明しなかったが、なにか重大な疾患が隠れているのではないか』と心配して、神妙な顔で検査を受けに来た。
そして、大腸内視鏡を大腸内に入れたところ、予想通り、いわゆるポリープがあった。
「やっぱり、ありましたね。でも、大丈夫です。内視鏡で切り取りますから。。。」
と得意げになって、自分が開発した『色素注入法』を行った。
しかし、ポリープの根元に色素を注入しようとしても、色素液ははじかれ、
基部の周囲だけが盛り上がった。
「おかしいですね。」
あせった私は、何度も色素液を注入した。
しかし、周囲だけが盛り上がり、クッションのボタンのように、ポリープは沈んでしまった。
「もしかしたら、ポリープの根が深いのかもしれません。内視鏡で取るのは無理です。組織の一部だけ、検査に出して、顕微鏡でみてもらいます」
患者さんは、もっと悪い状態を想像していたためか、落ち込んだ様子はなかった。
病理組織検査の結果は、腺癌だった。
問題は、なぜ、色素液が周囲だけに広がるのか?
癌の直下の粘膜下層 で色素がブロックされることを証明しなければ、
技術的な問題で、隆起しなかったと判断されるかもしれない。。。
また、病変が小さいため、開腹手術の際に、病変がわからない可能性もあり、墨汁を注入してマーキング(点墨)してほしいと外科から依頼された。
手術のための点墨は、通常、病変の近傍で病変からやや離れた部位に墨汁を注入するのであるが、
手術の前の日に、前回と同様に病変に基部に墨汁を注入した。
『きっと、切除された標本で、墨汁がブロックされた組織像が得られるはずだ』
そう思って、作成されたブレパラートも貰うことを手配した。
しかし、 帰ってきたプレパラートの全てで墨汁は粘膜下層に入り込んでいた。しかし、切り出されていない標本のブロックをみると中央部が切り出されていなかった。
ちょうど、その頃、病理学の大学院生だった沼尾先生が週一回バイトに来ていたので、事情を説明したところ、「わかりました」と言って、ブロック全てを切り出してくれた。
そして、病変の中央部で、墨汁が癌の組織によって完全にブロックされている組織像が確認された。
それを医学書院の「胃と腸」に投稿し、掲載されたのが1992年の夏である。
このサインは、沼尾先生がいなければ、世に出ることがなかったのは言うまでもない。
私は、このサインを「クッションボタン・サイン」か、「デプレッション・サイン」
としたかったが、「non-lifting sign」という名前になった。
私が、Non-lifting signを米国消化器内視鏡学会(ASGE)の機関誌に報告したのが、1994年である。
この論文の投稿の前に、英文論文を校正してくれる業者で校正してもらったが、
『サインに「non-」がつくのは英文上おかしい』と何度も指摘されたが、
その頃、すでに、日本で、そう呼ばれてしまっていたため、変えることも出来ず、
そのまま投稿した。

雑誌の編集者も、同じように。命名がおかしい、とのことであったが、
すでにそのように呼ばれていることもあって、そのネーミングで論文が掲載された。
その後、1998年に、ASGEの学会で賞を受賞した。

そして、その後、
初めの論文が、これまで125の英文論文(抄録を含めると151)に引用されたことを先日知った。
いくら英語の論文をたくさん書いて、メジャー誌に掲載されても、まったく引用されない論文は、その論文の価値がなく、
引用文献数が100以上の論文が「有意義な論文」と評価される考えがある。
それからすれば、Non-lifting signの論文は、世界に影響を与えたといえる。
この図は、ペンシルバニア大学がネットで公開(2011年)している図である。
http://www.gastrojournal.org/article/S0016-5085(11)00634-2/fulltext
そして、Non-lifting signをベースとして、内視鏡切除の適応を決めるべきであると記されている。
これは、2012年に、イタリアから公開されれた図である。
1993年とあるが、それは論文がアクセプトされた時期である。
昨年も韓国から、Non-lifting signの精度について報告され、私の論文が引用されている。
World J Gastroenterol. 2014
Jun 7;20(21):6586-93.
Conventional endoscopic features are not sufficient to differentiate
small, early colorectal cancer.
その論文では、Non-lifting
signの正診率は、通常観察よりは優れているが、拡大内視鏡観察よりも劣っていると報告された。
Abstract
AIM:
To evaluate the
depth of invasion of small, early colorectal cancers (ECCs) using conventional
endoscopic features.
METHODS:
From January 2005
to September 2011, colonoscopy cohort showed that a total of 72 patients with
small colorectal cancers with the size less than 20 mm underwent colonoscopy at
the Yonsei University College of Medicine, Seoul, South Korea. Among them, 8
patients were excluded due to incomplete medical records. Finally, a total of
64 ECCs with submucosa (SM) invasion and size less than 20 mm were included.
One hundred fifty-two adenomas with size less than 20 mm were included as
controls. Nine endoscopic features, including seven morphological findings
(i.e., loss of lobulation, excavation, demarcated and depressed areas, stalk
swelling, fullness, fold convergence, and bleeding ulcers), pit patterns, and non-lifting signs,
were evaluated retrospectively. All endoscopic features were evaluated by two
experienced endoscopists who have each performed over 1000 colonoscopies
annually for more than five years without knowledge of the histology.
RESULTS:
Among the
morphological findings, the size of deep submucosal cancers was bigger than
that of superficial lesions (16.9 mm vs 12.3 mm, P < 0.001). Also,
demarcated depressed areas, stalk swelling, and fullness were more common in
deep SM cancers than in superficial tumors (demarcated depressed areas: 52.0%
vs 15.7%, P < 0.001; stalk swelling: 100% vs 4.2%, P < 0.001; fullness:
25.0% vs 0%, P = 0.001). Among deep SM cancers, 96% of polyps showed invasive
pit patterns, whereas 19.4% of superficial tumors showed invasive pit patterns
(P < 0.001). A positive non-lifting sign was
more common in deep SM cancers (85.0% vs 28.6%, P < 0.001). Diagnostic
accuracy of invasive morphology, invasive pit patterns, and non-lifting signs
for deep SM cancers were 71%, 82%, and 75%, respectively.
CONCLUSION:
Conventional
endoscopic findings were insufficient to discriminate small, deep SM cancers
from superficial SM cancers by white light, standard colonoscopy.
正診率を下げているのは、NPVが低いためである。
陽性的中率(Positive Predictive Value, PPV)とは検査で陽性と出た人のうち実際に病気に罹っている人の割合であり、
陰性的中率(Negative Predictive Value, NPV)とは、陰性と出た人のうち実際に罹っていない人の割合をいう。
PPVが高いということは、Non-lifting
signの場合は、病変の根元に局注して、病変が隆起しない場合に、深い浸潤が実際にあった率は、拡大内視鏡で病変が深いと判断して深い浸潤があった率よりも高いことを意味する。
しかし、NPVが低いということは、病変が隆起した場合でも深い浸潤がある場合が少なくないということである。
そして、実際に掲載されている写真をみると、病変が隆起したために内視鏡で切除したが、病理組織学的に深い癌の浸潤があり、追加切除をしたというケースが掲載されていた。
確かに、そのようなケースはあるであろうが、
そのような症例はこの論文のように、
内視鏡で安全に切除してから、病理組織で判断してその後の治療方針を決めればいい。
病変が浮き上がるというのは、たとえ、わずかに深い癌であっても、
安全に内視鏡切除できるという証拠でもあるからだ。
その治療判断過程の何が問題なのか?
局注で隆起するのであれば、容易に切除できるのであるから、その過程で何が問題なのであろうか?
問題なのは、深い浸潤があって、局注で浮き上がらない病変(Non-lifting sign)でありながら、拡大内視鏡で深くないと誤診して無理に内視鏡でアプローチして穿孔させることである。
NPVが低いのは大いに結構である。
早期がんの治療において、一番大切なのは、PPVである。
それが、最も優れているNon-lifting signは、
最も、重要視すべき診断法であることが20年を経て立証されたのである。
ただ、今回の韓国の論文で、
20年以上、学会であれだけ大騒ぎをして、
とうとう、保険点数化まで実現された「拡大内視鏡診断」のPPVの低さに、
唖然とせざるをえないのである。
何が正しいのかは、日本だけでなく、世界の評価を知るべきである。
<追記>
このNon-lifting signは、
皮膚科のホクロの深さの診断に応用できます。
陽性であれば、癌の可能性が高いと診断できます。
皮膚科の有志諸君、人類のために研究して下さい!



コメント
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。